心の鍵屋

悲しいな、苦しいな、死にたいな、心に鍵を掛けた人たちを支えたい。

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「どうして、自分ではなく、他人に重心を置くのですか?」

私はとても考えました。

自分よりも他人。
自分に重心を置くのではなく、どうして他人に重心を置くのか?

考えた結果、答えは出ませんでした。

自分でもどうして人を助けたい、支えになりたいと思うのか、
「私が力になりたいと思ったから。」それ以外は本当にわからないのです。

人の力になりたい、支えになりたいと考えていますが、
そんな私はけっして完璧なんかじゃありません。

現在、卒業を間近に控えて新社会人になろうとしている身ですが、
今になっても数学の追認指導の呼び出しが掛かるような人間です。

数学は18点、かろうじて三平方ができたら良いかというレベル、
かといって国語も平均点に届くかどうかというありふれた点数です。

でも、私はとても 「言葉」 が好きです。

読むことも書くことも、話すことも聞くことも、
そしてなにより、いろんな人と関わることが大好きです。

もちろん、点数ではけっして測ることのできない部分なので、
目に見える形で提出して周りに評価してもらうことなどできません。

でも、それで良いと私は思います。

私が求めているのは
周りからの評価やそれに対する見返りではありません。

私は、私の大好きな 「言葉」 で人の役に立ちたいと思っています。

そして、それは私の持っている目標であり、叶えたい夢です。

夢の叶え方に周りの意見や評価は関係なく、
ましてテストの点数なんて基準はなんの意味も持ちません。

私は自分の信じたことを、自分なりに行動するのみです。


どうして自分ではなく、他人に重心を置くのか。

それはもしかすると、
私の言葉を大切に受け取ってくださる人の存在が
言葉で支えるという夢の実現のために必要だからなのかもしれません。

ということは、
つまり私の夢はみなさんとの出逢いに支えられているということです。

大切な 「言葉」 という贈り物を、
受け取ってくださるみなさんが居てくれるからこその夢だということです。


私の夢が叶うとき、
それは 「言葉」 という贈り物を贈る相手が居なくなったときかもしれません。

一人でも多くの人を言葉で支え、幸せにする。

その結末がたとえ、
私の大好きな 「言葉の贈り物」 の出番を失わせるものだったとしても、

それでも私はみなさんの幸せを願います。


「どうして?」

それは、まだわかりません。

私の夢を支えてくださるみなさんに感謝しながら、
これからも確かな答えを探し続けていきたいと思います。







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UNIの考え | コメント:4 |

「どうして頼られることが重荷ではないのですか?」

私はみなさんからのお手紙を読み、
そして少しでも心の支えになれるよう活動しています。

お手紙の悩み事は人によって違います。
学校生活やいじめ、恋愛や漠然とした不安、自殺願望までいろいろです。

どの内容も片手間で済ませられるようなものではなく、
一人一人の方が必死に思いを込めて伝えてくださった真剣な悩みです。

私は、私を信じて頼ってくださる人達の信頼にできる限りの力でお応えします。

だから私はその真剣な悩みと向き合うとき、
その思いを込めた文章がどんなものであったとしても全く気にしません。

長文でも、構成が乱れていても、時系列がバラバラでも、
そんなことは真剣な相談に向き合う姿勢には関係ないのです。

UNIへの手紙をくださった方はよく、
「読みにくい文章ですいません。」 「わかりにくくてごめんなさい。」

「迷惑掛けてごめんさい。」 と私を気遣ってくださいますが、
お手紙をくださるみなさんはなにも謝ることなどないのです。

私は頼られることが苦ではありませんし重荷にもなりません。

信頼に応えることで少しでも多くの人が幸せになれるのであれば、
その幸せのために私はいくらでもお手紙を読み、支えとなれるように努力します。

みなさんの悩みを聞かせて頂くということに相当な責任感を感じてはいますが、
私はなによりもお話を聞かせてくださるみなさんに感謝しているのです。

ですから、支えられることを申し訳ないなどと思わなくて大丈夫です。

心の鍵屋の活動が少しでも多くの人の幸せに繋がる限り、
私にとってみなさんに頼られることが重荷になるということはありません。


心の鍵屋の活動は、
私自身が自らの意思で選んだ選択であり、

信じて頼ってきてくれた人を私が受け入れ、
そして少しでも心の支えとなり、力になりたいと決めたことなのです。

それは 「助けなければならない」、
という束縛ではなく、「助けたい」 という私の意思です。

だから、人に頼られることが重荷だなんて思いません。

私は誰かの心の支えとなることが、
少しでも多くの人の笑顔や喜び、そして幸せに繋がることを信じています。






UNIの考え | コメント:1 |

どうして?

心の鍵屋ができて数日が経った頃、
私はとても大切な人からいくつかの質問を受けました。

「UNIさんはどうして頼られることが重荷ではないのですか?」
「自分よりも他人。自分に重心を置くのではなく、どうして他人に重心を置くのですか?」
「見返りを求めない優しさなどあるのですか?」

どれも考えさせられる興味深い質問です。
私はこの人の尽きることのない「どうして?」が大好きです。

どうして? 
それはまた、次のお話。

ということで、次回からはこれらの質問についてお話していきます。





UNIの考え | コメント:0 |
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